昨年、アンナプルナ周回のトレッキングについて記しました(ネパールトレッキング4-1)。これでネパールでのトレッキングを卒業するつもりでしたが、後日、自分の撮ったアンナプルナ山群の写真(アンナプルナ周辺の山の写真)を見ていると再度ネパールのトレッキングに出かけたくなりました。「地球の歩き方 ネパールとヒマラヤトレッキング 2018~2019 ダイアモンド社」(以下、地球の歩き方と略します。5年ほど前に出版されていますので、最新情報と違っている場合があることをご了承願います。近くの書店で2021~2022を見つけましたが、内容は2018~2019とあまり変わっていないようです。)の数あるコースの中から、最高地点からはエベレストを見ることができ、しかも、混んでいない、ルクラ→ナムチェ→ゴーキョ往復のコースを選びました。最高地点はゴーキョ・ピークの5360mで、中級者向き、所要日数は10泊11日です。私のトレッキングスタイルは単独行で、ガイドもポーターも雇いません。このスタイルにはこだわっています。ガイドやポーターを使うかどうか迷っている人は是非「エベレスト街道 ガイド・ポーターについて https://yamatabi-futaritabi.com/nepal-guideporter」を参照してください。私は高齢(65才)で、年々体力が劣ってきていますので、今回がラストチャンスだと思って挑みました。トレッキング前後のカトマンズ滞在、天候(ゴーキョで山が見えるまで連泊、カトマンズやルクラで飛行機が飛ぶまで連泊)、高山病を含めた体調管理のために、全部で3週間(2024年4月22日~2024年5月13日)とずいぶん余裕のある日程で臨みました。地球の歩き方253ページによりますと、カラ・パタール(5545m、ゴーキョ・ピークより200mほど高いだけ)は高山病になりやすく、目指した人のうち達するのは4人に3人で、達する人うち半数は一度途中で下山して再挑戦しているか、同じ場所で予定外の連泊をしているとなっています。私は前回のアンナプルナ周回で最高地点のトロンラ峠(5416m)では高山病の兆しがほぼなかったのですが、呼吸器系が弱く、高所では咳が止まらなくなることがあります(アンナプルナベースキャップでは咳のため一睡もできませんでいした)。トレッキング前に、私がゴーキョ・ピークに達することができる確率は70%くらいだと思っていました(天候の要素もあるため、ゴーキョ・ピークからエベレストが見える確率はもっと低いと予測していました)。下の地図は地球の歩き方258ページから引用しました。トレッキング中の手記を基に、トレッキング後に編集した記事を掲載します。なお、ネパールのトレッキングではガイドを雇う義務があるというネパール大使館の発表(2023年4月)は、今回のコースでは全く徹底されていませんでした(どこのコースで徹底されているのか不明です)。
私のブログの「ネパールトレッキング」の内容の正確さですが、個人で集めた情報ですので、裏を取ってなかったり、勘違いをしていたりなどで部分的に正確でないところがあるかもしれないことをご了承願います。より正確な情報はガイドブックや現地のガイドなどから取得してください。

4月22日 ネパール航空(成田―カトマンズを直行で週3便運航)を利用して、この日のうちにカトマンズに着いた。この直行便の値段が安くなったようだ。カトマンズの空港でビザ申請、入国審査、両替を済ませて、いざタクシーでタメル地区まで行こうとした時(ネパールは5回目ですが、旅行代理店に連れて行ってリベートを取ろうとする悪質な運転手がいるので、少し不安になっていました)、1人の日本人の方(Aさんとしておきます)にタメルまでタクシーを相乗りしませんかと声をかけてもらった。Aさんは私に同じ匂いを感じたとのこと。Aさんにはこの後、ネパールに関して色々な情報をいただいたのでとても感謝している。Aさんは若いころに、ネパールにボランティアなどで4年ほど住まれていて、ネパール語が堪能。最近、日本の会社を定年退職されて、昨年に引き続いて今年もダウラギリの西の方の人里離れたところに、ガイドやポーターを連れて、なんと、イエティ―を探しに来ている。異次元の浪漫を持った方。Aさんの推奨でタメル地区のマドゥバン・ゲストハウス(地球の歩き方に掲載)に宿泊することにした。
4月23日 マドゥバン・ゲストハウスのオーナーのラスクマンさんは旅行会社も経営している。ルクラまでの往復飛行機のチケットを朝一番に頼んだ。行きの希望日は翌日の4月24日、帰りは一応5月6日(変更可能)とした。「今は繁忙期で行きのルクラ発の便は取れないだろう。明日の午前1時に車で、カトマンズから4時間くらいのところにあるラメチャップ空港まで行き、そこからルクラ行の飛行機に乗ることになりそう。帰りは閑散期に入るのでカトマンズ着が取れるだろう」と言われ、往復の飛行機代として日本円で67,150円を支払った。成田ーカトマンズ往復の飛行機代が全部込みで123,130円だったので、割高だと思ったが、どこで買っても同じ値段のようだ。今は円安なので仕方がない。ところが午後になって、行きのラメチャップールクラ間は満席、その代わり、ラスクマンさんの兄さんの尽力で、カトマンズールクラ間をヘリコプターで飛べる可能性があると告げられた。ピンと来なかったのだが、ヘリコプターは安全で欠航が少ないので、あなたはラッキーだと言われたので、信じて従うことにした。夜になり、ヘリコプターでのフライトが確定し、追加料金は不要との連絡を受けた。Aさんの推奨でマドゥバンゲストハウスに宿泊したことにより、ルクラに少なくとも1日早く行けることになった。
4月24日 パクディン Phakding 2610m のロッジにて(本日の歩行時間は約3時間): ヘリの搭乗手続きがわかりずらいので、早朝にラスクマンさんにカトマンズの空港まで付いてきてもらった。ラスクマンさんとはずっと英語で話していたが、「帰りの便を延ばす場合は事前にラスクマンさんにメールで連絡すること、帰りの便は一日前にルクラの航空会社の事務所でリコンファームすること」を、この時だけ、流ちょうな日本語(私の英語より上手)で説明してくれた。
ヘリポートは飛行機の滑走路とは離れた所にあり、同乗者4名とともに車で移動した。救急車2台も一緒にヘリポートに向かったので、頭の回転が鈍い私は、医者か看護士がヘリに乗るのだろうと思っていた。到着したヘリ(どこから来たかは不明)から5名ほどのトレッカーが降りてきて、自力で歩いて、すぐに2台の救急車に分乗した。どうやら高山病患者のようだ。付き添いの人も混じっていたのかもしれない。私が乗るヘリは、高山病患者を高所からカトマンズまで運んだ帰り便のようだ。だからチケットの入手は特殊な経路によるのだろう。
初めてヘリに乗った。これほど臨場感のある乗り物は過去になかった。高所恐怖症の人は乗らない方がいい(ちなみに私は軽度の高所恐怖症です)。空中から広角に周りを俯瞰できる。段々畑(写真)や、山を縫った細い道が続いているのが見えたが、アップダウンが激しく、決して歩きたいとは思わない。パイロット1名、乗客5名(1名はパイロットの隣の席で、残りの4名は後部席)の6人乗り。後部座席からは、パイロットがレーザーで周りの飛行体を把握しているのかどうかはわからなかった。視界が良ければ問題はないが、パラシュートは付けていないので、雲の中を飛行中に正面から別のヘリが急に現れてぶつかったら逃げる術がない。雲の中を飛んでいた時間は生きた心地がしなかった。45分ほどでルクラ Lukla 2840m に到着(写真)。


空港を出て、道がわからず空港の外側を一周してしまったが、気を取り直してトレッキングスタート。体の後ろに60L、前に30Lのリュック(合計で約14Kg、パソコンと一眼のカメラを含む)を持っているので、歩きづらい。今後はこのスタイルはやめた方がいいだろう。ルクラの端のチェックポイント(写真)でクーンブ入域料(2000ルピー)を払って、トレッキングカードを発行してもらった。このカードは以降の何箇所かのチェックポイントで提示を求められた。カードにはパスポート番号が貼り付けられていて、チェックポイントで記録し、トレッカーがいつどこを通過したかがわかる仕組みになっている。


時々小雨が降ってくる中、3時間ほどでパクディン Phakding 2610m に到着。ルクラからは緩やかに200mほど下っているので楽勝。本日は天気が悪くヒマラヤの山々はほとんど見えなかった。パクディンで泊まったロッジは、人気がないのか空いていた。Wi-Fiを備えていない(だから空いていたのかもしれません)ので、夕食後は行うことがない。19時に就寝。日本を出発する直前に迷ったが、荷物の軽量化のために、今回は寝袋は持ってきていない。寒いので布団を1枚借りた(無料)。この先のロッジはもっと寒いので、大丈夫かどうか心配になってきた。温度計を持ってきていないが、ここの室温は15℃くらいの感じ。100m標高が高いと0.6℃気温が低くなるので、ここパクディン2610mより2000mほど高いゴーキョ4750mでは室温が3℃くらいと推測できる。寝袋を持ってこなかったことを後悔した。いざとなったら布団や毛布をたくさん借りて、持っているものを全て着て(厚手のヒートテックのシャツとタイツを持参)寝れば大丈夫だと開き直るしかない。寝袋の代わりに運動靴を持ってきたのだが、これがとても役に立った。トレッキング時以外はずっと運動靴を履いてた。


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