登山で受けた数々の親切

登山関連情報

私は基本、単独行です。うっかりミスや、持ち物不足など、一人だといろいろと困ることがあります。長い間登山をしていますので、近くにおられた方々に助けていただいたことが何回もありました。これらの方々のお陰で無事に登山を続けることができました。親切にしていただいた方々がこのブログを見る可能性は極めて低いかもしれませんが、お礼を述べたいと思います。

岩木山 2010年7月5日 ミチノクコザクラを狙って、梅雨にも関わらず、岩木山神社前から登りました(日本百名山の固有種の高山植物)。残雪が多かったですが、ミチノクコザクラの群落に遭うことができました。頂上では土砂降りになりましたが、山頂避難小屋で昼食兼雨宿りをしていました(下の写真は岩木山山頂)。雨脚が弱くなり8合目駐車場まで下ったのですが、バスの時間を間違えていて、だいぶ前(たぶん1時間くらい前)に出発してしまっていました。このバスに乗らないと、本日中に千葉県の自宅に帰ることができません。JR東日本の大人の休日クラブパスを利用していましたが、この日が期限日だったので、翌日帰る場合は切符を買い直さなければなりません。山頂避難小屋におられた60才代くらいのご夫婦(後で聞いたのですが、岩手県から来られていて、全国の山を車で回っているとのことでした。山頂避難小屋では隣で昼食を取ったのですが、話はしませんでした。)が駐車場まで降りてこられていたので、ずうずうしくもお願いして、麓まで車に乗せていただきました。このご夫婦は嶽温泉に入られるので、ここで別の人の車(たぶん嶽温泉に来られた方だと思います。弘前駅までは行かないとのことでした。)に強引に乗せてもらって途中まで行き(この間にもう少しで先行のバスに追いつきそうでしたが、信号で引っかかって駄目でした)、さらにもう一台の車に乗り換えて弘前駅まで行くことができました(車は合計3台。靴には泥が付いていて、いずれの車も汚したと思います)。東北の方々の親切(過去の経験から東北の方が日本では最も親切だと思います)により最終電車に間に合いました。バスの時間を確認しなかった愚かさと、切羽詰まった時の自身のずうずうしさを実感しました。

丹沢 2010年11月20日 丹沢はバリエーション豊富な山域でたくさんのコースを設定することができます(日本百名山を絡めた縦走の奨め 丹沢岳と蛭ヶ岳)。景色、距離、標高差ともに本格的な登山も楽しめます。この日は、大倉→塔の岳→丹沢山→宮ケ瀬のハードなコースを巡りました。塔ノ岳の手前で足をつってしまい、座って苦しんでいたところ、通りかかった年配のご婦人の登山者に漢方薬(芍薬甘草湯だったと思います)をいただきました。これを服用したおかげで、以降は足をつることはなく、最後は真っ暗になってしまいましたが、無事に宮ケ瀬バス停(三叉路)までのロングコースを歩くことができました。この後の登山では足つり防止のため、この時にいただいた漢方薬またはスポーツドリンクを携帯しています。漢方薬の方が効くと思います。下の写真は丹沢山と宮ケ瀬の中間地点。

幌尻岳 2017年7月9日 幌尻岳登頂を終えて幌尻山荘(下の写真)の前庭で夕食のための携帯コンロを使おうとしたら、調子が悪く、火がつきませんでした。近くですでに食事を作り終えていたパーティー(たぶん関東から来られていた、男性一人、女性二人のパーティー)の携帯コンロを貸してもらい、自分の食事を作ることができました。(日本百名山で最も難しかったのは幌尻岳) 注記:この日の午前中は額平川の渡渉に苦戦し、一度きりですが川底のぬるぬるの岩で滑って、リュックを上側にして水面に浮きました。このためにコンロが濡れたわけではなく、コンロが不調だった原因は不明です。

飯豊連峰 2021年7月21日に北側の飯豊山荘から大雪渓(石転び沢)を登ろうとしました。不覚にもアイゼンは不携帯でした。途中で会った地元の登山者に、大雪渓の上の方は急で、アイゼン無しでは危険であると言われました。急遽、雪のない梶川尾根に変更しました。このコースには水場が2か所あるので、荷物を軽くするためにボトル1本の水(500ml)を捨てました。梶川尾根は非常に急登で、この日は異常に暑く、しかも湯沢峰近くの水場が見つけられませんでした。すれ違った若い外国人の方に水場を聞いたら、かなり上の五郎清水まではないとのことで、彼が汲んできた水を500mLほど分けてもらいました。この外国人の方(西洋人系)は日本語がお上手で、コロナで外国人観光客の入国が制限されていたころですので、当時日本に住んでおられた方だと思います。登山中に他人に水をもらうことは登山者としては恥ずべき事ですが、この水がなければ梶川尾根を登りきることができなかったのは明らかです。

朝日連峰 2023年10月5日 大朝日岳を下り始め、小朝日岳を経由して根子川に降りる最後の急坂で足が痛くなり、急に失速してしまいました。私だけかもしれませんが、年を取ってくると下りの急こう配で足を痛めやすくなります(北側からの谷川岳の景観)。途中で会って先に行かれた親切な方(40才くらいのタフな男性)が、私がなかなか戻ってこないので、日暮沢小屋から林道終点まで車で迎えに来てくださり、非常に助かりました。下の写真は北側から見た大朝日岳(さすが日本百名山で迫力があります)。

ネパールのアンナプルナ山域のウレリ(有名なプーンヒルの5kmほど南東)1983年3月29日(当時の私の手記から) ティルケドゥンガからウレリまでの厳しい上り。標高差700mを2時間弱で休憩しながら上った。途中、地元の少女3人が付いてきて、荷物を少し持ってくれた(恐らく、この少女たちはウレリからビレタンティまでバレーボールの試合を見に行った帰りだと思われる。荷物を持ってくれたのは写真の右端の少女)。荷物無しだとかなり楽に登れる。2時過ぎにウレリ(2120m)に到着。宿を探したけど、結局、途中で会った少女のうちの一人の家のロッジにした。(ネパールトレッキング1-2) 注記 この少女達のうちの二人とは2019年12月にポカラで再会することができ、礼を述べました。彼女たちは覚えていませんでした。(ネパールトレッキング2-11)

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