ネパールトレッキング5-3

ゴーキョ・ピーク

4月27日ポルツェ・テンガ Phortse Thanga 3680m のロッジ (Phortse Thanga Guest House)にて(本日の歩行時間は5時間): 8時にナムチェを出発し、急坂を15分ほど登り(写真 坂の上からの眺め、朝だけ空気が澄んでいた。この日も高山病患者を運ぶためと思われるヘリコプターが頻繁に飛んでいた)、傾斜が緩やかになったエベレスト街道を北上。ナムチェより北側はラバの隊列は少なくなり、代わって高山に強いヤクの隊列(写真)が主流となる。2時間ほどでキャンヅマ Kyanjuma に到着。その先に、エベレストベースキャンプ方面とゴーキョ方面とクムジュンへの分岐点(四叉路、写真の看板にはエベレスト方面とゴーキョ方面の矢印しかない)があった。ほとんどのトレッカーがエベレスト方面に向かう(恐らく8割以上だろう)。ゴーキョへの道は狭く、人はまばら。ここからは静かなトレッキングの始まりで、ゆっくり登っていく。ちょうど、ネパールの国花のシャクナゲが咲いていた(写真)。日当たりの良い所には、この先もずっと、ハクサンコザクラに似た高山植物が生えていた(写真)。日が昇ってくると空気が温められるのであろう、特に遠くの山が見えづらくなり、シェルパ語で母の首飾りという意味のアマ・ダブラム(切り立った山肌と稜線が特徴)6856mが霞んで見える(7枚目の写真)。昨年のアンナプルナ周回では、例年より寒かったようで、5月上旬のマナン 3469m からアンナプルナ山群がクリアーに見えた(ネパールトレッキング4-5)。しかし、トレッキングのシーズンが3月、4月と言われているように、例年は5月に入ると暖かくなり、山が見えづらくなるのかもしれない。

6月7日に追記:ゴーキョ・ピークから東南~南方向を写した写真(ネパールトレッキング5-7、まとまめて載せている写真の4枚目)には、右奥の谷(ちょうどこの辺り)に霧が出ているのがわかる。この辺りは地形的に霧が出やすいのかもしれない。

12時前にモン・ラ Mong La 3973m (下の写真)に到着。昼時なので食堂には大勢のトレッカーがいた。案内されたテーブルにロシア人と思われる10人ほどの団体がいた。時節柄関わらない方が良いと思って、目立たないようにしていたが、若い男性に英語で話しかけられた。私は定年退職をしてトレッキングに来ていると言うと、年金の話になった。ロシアでは年金は月に140USドルしかもらえないので、定年後も働かなければならないと言っていた。日本では現役時に払った積立金によってもらえる年金額が異なると伝えたが、彼は理解できなかったようである。ロシアでは現役時に年金を積み立てないのかもしれない。ウクライナのことは敢えて話題にしなかった。彼は善良な市民であった。戦争が早期に終結することを祈るばかりである。また、アイルランドの8人くらいの団体もいた。ローツェ 8516m の南にあるアイルランドピーク 6198m (アイルランド人だからアイルランドピークを目指しているのではないらしい)まで行くとのこと。外見は普通のトレッカー(登山家ではなさそう)で、ガイド4人(このうち一人が日本語が上手なので話を聞きました)とポーター6人が付いている。6000m以上は専門の登山家の領域だと勝手に思っていたが、ガイドとポーターが備わっていれば、普通のトレッカーでも行けるのであろう。なお、モン・ラの食堂はWi-Fiが無料で、電波状況が良く、日本と通信ができる。

モン・ラは峠であり景色が良いので、ここに泊まるつもりであった。しかし、風が強く、夜は冷えると思われたので、先へ進むことにした。泊まるには少しでも標高の低いところが体によいだろう。下ったところのポルツェ・テンガにはロッジがあるとのこと。1時間弱、300mほど下って 14時ごろ着いた。ロッジ(写真)は1軒だけで、ここに泊まる人は非常に少ない(私の他に4名の西洋人の団体のみ)(宿泊客が少ないのは景色が悪いからか?しかし、翌朝、この周辺で貴重なものを見ました)。なお、モン・ラからポルツェ・テンガまで300mの下りがあることは地球の歩き方からは読み取りづらい。下った後は、この先のドーレまで400mの上りになる。下り坂の途中で、日本人8名くらいの団体とすれ違った。ポーターを3名伴っている。エベレスト登山隊に同行してベースキャンプまで行き、そこから分かれて、ゴーキョ・ピークへトレッキングし(早朝3時に起きてピークからご来光を見たとのこと)、今日はマッチェルモを出発しナムチェまで行くとのこと。ゴーキョ・ピークからの景色は素晴らしく、雪は全くなく、寒くもないが、全員が高山病になった(トレッキングを続けられているので、軽症と思われる)との貴重な情報を得た。ヒマラヤの奥地で日本人に会って情報をいただけることは有り難い。すれ違ったときに彼らが日本人であることがわかったのは日本語が聞こえたからである。外観からだと、中国、台湾、韓国人と日本人の区別がつきづらい。恐らく、今回のトレッキング中にすれ違った幾人かの日本人を見逃していると思われる。ネパールに来るといつも不思議に思うのであるが、ネパール人は日本人をかなり正確に識別している。ネパール滞在中に数多くのネパール人に話しかけられたが、私が日本人以外だと思われたケースはほとんどなかった。外観でわかるとのこと。

昼食時は食欲がなかったのでスープにしたが、夕食時は食欲が戻ってきて沢山食べたくなった。ダルバートを注文した(写真)。野菜がしっかり取れる。ご飯(バート)、ダル(豆のスープ)、タルカリ(ジャガイモなどの煮物)、サーグ(青菜の炒め物)、パーパ(薄い煎餅のようなもの)から成っている。原則は全てがお代わり可能(パーパはわからないが)であるが、山中ではロッジによってお代わり可能のものが違っている。ここではご飯のみがお代わり可能のようであったが、サーグをお代わりしたいというと、わざわざ追加で調理してくれた。サーグ以外はお代わりしなかったが、満腹になった。

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