最初に火打山に登ったのは1984年の7月(当時25歳)で、社会人1年目でした。同期入社の友人(現在のバードウォッチングの先生、この登山の後で彼は登山をあまりしなくなりました。)の計画で、笹ヶ峰の登山口から火打山に登り、その日は黒沢池ヒュッテに宿泊し、翌日に妙高山に登って燕温泉に下山するというコースを辿りました。その頃の私は日本百名山というものがあることを知らなかったのですが、登山は好きで、すでに日本百名山を10座ほど登っていました。
長い間、火打山と妙高山を登っていなかったので、2025年8月に41年ぶりに単独で笹ヶ峰から火打山を往復(高谷池ヒュッテに宿泊)しました。1日目の高谷池ヒュッテを少し過ぎたあたりで、転んで脛に怪我をし、火打山にはなんとか登れたのですが、2日目に予定していた妙高山は断念しました。火打山と妙高山の両方をまとめて記事にしようと思い、10月に妙高山の登山を企画したのですが、行くことができませんでした。そこで、今回、火打山だけですが記事を掲載することになりました。登ってみても当時の記憶を思い出すことはできませんでした。来年中には妙高山に登ってみたいと思います。
火打山(右)と焼山(左、2022年7月に火打山山頂から焼山山頂への道が通行可能となりました。ただし、上級者向けです。)

高谷池ヒュッテ 41年前の写真はありませんが、違う建物だったと思います。

高谷池ヒュッテの前庭

41年前に同じと思われる場所で撮影した写真です。景色も人も随分変わっています。

火打山山頂 2025年8月と1984年7月(石像は同じものです。41年前の写真では私の右手近くにあります。)


火打山山頂から見える妙高山 直前に足に怪我をしたせいもあり、この険しい山容を見て、翌日の登山をあきらめました。

行きも帰りも同じところでメボソムシクイが出てきて、至近距離でずっと私を見ていました。

行きも帰りも、別のところですが、1度ずつキクイタダキの群れ(ヒガラと混群を作っていました)を観察しました。キクイタダキは動きが早く小さいので、成鳥の良い写真は撮れませんでした。幼鳥の写真を載せます。幼鳥にはまだ菊の冠はありません。



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